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2020年01月26日 [ニュース]

介護離職の現実 〜50代男性のケース〜

今回は、両親の介護からの介護離職を経て、再スタートを模索中た50代男性のケースです。ヒアリングした内容に基づき、一部をアレンジして編集しています…。

そもそもは父親が認知症だったんっすよね。もう5年も前の話っすけど。母親から「何とかしてくれ」ってずっと頼まれてまして、いろいろ悩んだ結果、かみさんや子どもたちと離れて、僕だけが実家で生活するようになったんです。会社も遠くなるから気乗りしなかったんすけど…。まぁ、実の親だし、かみさんに迷惑もかけらんないっすからね。

で、あの当時の父親は、家の中で顔を合わせるたびに、「今日は何月何日だ」・「今、何時だ」・「メシはまだか」って、まるでコントか何かみたいに繰り返し何度も訊いてきて。温厚な僕も、ついついカッとなるじゃないっすか。
「さっきも答えただろう。もういい加減にしてくれよ」と言い返すと、「いったいお前は何様だ」と頭を小突かれて、金魚の糞みたいにずっと後を追い回されるんですよね。ある頃から父親に対して恐怖心が芽生えてきました。寝てる間に父親から何かされるんじゃないかって、布団の下にナイフを置いて寝てましたもんね。いずれは、父親を殺すか、自殺するか、どちらかしかなくなるんじゃないかって、マジ、思いましたよ。

でも、運よくというか、救われたというか、父親は3年前に死んでくれました。しかし、そうは問屋が卸さなかった…。これでやっと解放されたと思って、そろそろ子どもたちのところへ帰ろうかと準備してるさなか、今度は母親の行動がおかしくなってきた。同じ話を延々と繰り返すのは、親父が生きてた頃からそうだったけど、身だしなみも、飲み食いするのも不潔になってきた。だって、トイレも流さなくなったんすよ。用を足し続けて、何回分かをまとめて流そうとして、トイレが詰まっちゃう。あの、排泄まわりの後始末というやつは、心が折れるんすよねぇ。なんで男の自分がこんなことをしなくちゃならないんだろうってね。仕方ないっていうのはわかってるんすけどね。もうホント、情けないというか切ないっていうか…。他にも、コンビにとかでモノをくすねて帰ってきちゃう。暴言を吐く。寝たきりとか、歩行困難とか、身体的な介護だったらまた違ったんでしょうけどね。僕の場合は、母親の引き起こしたトラブルの後始末がほとんどですからね。

「おふくろよ、お前もか」って決定的になったのは、隣家の奥さんから苦情が来たときっすかね。なんと隣の家の庭に勝手に入って、その家の洗濯物を取り込んだり畳んだりしたかと思うと、また干したりしてるって。時には、汚れた裸足のまま庭から縁側をのぼって部屋に上がりこんじゃう。何十年もお隣さんという関係があるから、ある程度は我慢してくれてたみたいなんすけど、いよいよ何とかしてくれって。そりゃあ、誰だって困るでしょ。驚くでしょ。母親に注意すると、逆ギレされて、「そんなこと、した覚えはない」と罵声を浴びせられる。ある時、いつもみたいに口論になって、つい言っちゃったんですよね。

「もういいかげんにしてくれよ! はっきり言って、これ以上、俺らや近所に迷惑かけるんなら、いっそ死んでほしい。じゃなきゃ、もう殺したいよ、ホント」

すると、いつの間にそんなものを用意してたのか、激昂した母親が睡眠薬を取り出して言うんすよね。

「わかりましたよ、わかりました! これを飲んで死んでやるよ。死ねばいいんだろ、死ねば!」

でも、僕も子どもたちの父親だし、かみさんもいるしね。殺人犯とかになりたくないっすからね。とりあえず、必死に止めてね・・・。大騒ぎした後は、突然こくりと寝てしまうんですけどね。そんな母親を眺めながら呪いますよね。もう勘弁してくれって。親をあやめるなんて普通は考えも及ばないと思いますけど、あんなふうになっちゃうと、紙一重だと思いますよね。でも、子どもたちのために変なことはしちゃいけない。そんな葛藤が何度もありますよね。結局は自分のため。自分の家庭が大切だから、母親に手をかけるのを躊躇するんだと思いますよね。

母親はここ一年くらい、糖尿病と高血圧で通院してたんですけど、今年の夏に、真夏なのに暖房をつけて昼寝してぶっ倒れたことがありましてね。脱水と感染症で入院したんすよね。母親の入院を機に、介護度も上がって、医療と介護にかかる費用も重くのしかってきましたよね。入院費だけで1ヵ月分の給料がぶっとんだ。自分の稼いだお金が、あっという間に消えていくわけですよ。母親は国民年金と遺族年金だけしか収入がなくってね。月額にしたら6万数千円しかない。信じられない話ですけど、預金とか、ホント、一銭も見当たらないんすよ。80年近くも生きてきて、両親ともども何をやってたのかって、マジ、思いますよね。あの世の父親も、今じゃ僕の顔もわからなくなった母親も、ぜぇんぶ僕に押しつけて、それで幸せなんすかねぇ。

こういうことがあるたびに会社を休まなきゃならないから、だんだんと会社での立場もヤバくなってきました。人事部門なんかは、介護休業制度を社内でPRしてるようですけど、現場は全然ちがうから。温度差があるんですよ。何度も母親のことで休んだり抜けたりするじゃないっすか。もちろん残業もできないし、休日勤務でキャッチアップすることもままならない。みんなの足を引っ張ってるわけでしょ。上司からいやみを言われましてね。

「キミは親の介護と言えば休めると思っているんじゃないよねぇ?本当にオトコのキミが介護をやってるの?」

介護のことは、身近で起きてみないと理解できないんすよね。あまりのつらさに、会社に出勤する途中で極度の緊張からおなかが痛くなるようになっちゃって。それで、介護休業を93日取得した果てに退職しました。わずかな退職金と失業給付でやりくりしながら、起死回生の再スタートを模索中です。まだまだ人生をあきらめるわけにはいかない。意欲と気力を切らしてはダメ。僕は何としてでも自分の親のようにはなりたくないんですよ。子どもたちにはそれなりのものを残してやりたいし、自分の老後のこととかで迷惑もかけたくない。そのためにも、今の状況を乗り越えなきゃいけないってね。そう思っています。

【著者コメント】
認知症でこわいのは人格変容である。かつてはやさしかった親が、その面影の微塵も感じられないほどに醜い言動を繰り返すようになる。人格が変わってしまった親と狭い空間でふたりきりの生活をしていると、介護する側の精神状態を維持するのがむずかしくなってくるものだ。多くの場合、親の認知症で悩む子ども側に共通するのが、最初の一歩が遅いということ。ある程度、自分たちでやりくりしようともがく気持ちはわかるが、どうしようもなくなってから相談に来たのでは、結果的に親にとっても子どもにとってもアンハッピーである。ためらってはいけない。とにかく初動を早くすべきである。家族が何とかできるほど、周辺行動を伴う認知症は甘くない。共倒れになる前に、「あれっ?何か変だな…」と感じたら、躊躇せずに即、声を上げなければダメだと認識してほしい。そのためにも、いつでも・なんでも・気軽に相談できる窓口を確保しておきたいところである。


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